イブン=ハルドゥーン『歴史序説』読書会の記録

2022年春から開催しているイブン=ハルドゥーン『歴史序説』読書会について随時まとめます。

背景

デヴィッド・グレーバーは『ブルシット・ジョブ』の中で、「真に重要な問題」であるところの「最良の人間がどのような条件において作られるか」について関心を寄せてきた人たちとして三人の名を上げ、アリストテレス、孔子、そしてイブン=ハルドゥーンの名を上げていました。
そこから出発して、私たちはアリストテレスを再発見する歴史を見てきましたが、続いて一四世紀北アフリカの歴史家イブン=ハルドゥーンを再発見する歴史を見にいくことにしたいと思います。

巨大な領域に対して全人格的営利を通して正面から学問する姿を、私たちは中世を通じて様々と見てきましたが、イブン=ハルドゥーンはそれにも劣らないアラブ史学上の最も重要な存在です。「国家の起源」という歴史学における主要なテーマもまた、イブン=ハルドゥーンにまで遡ります。つまり、遊牧民の侵略者たちが、定住民たる村人たちとの関係を徐々に制度化したところから始まる説はハルドゥーンの『歴史序説』から由来します。

欧米言語話者と比べて日本語話者は恵まれた立場にある、というのはイスラームに関して語られるときに必ず現れる言説になりつつあります。日本はそれだけイスラームを研究してきた歴史があり、その研究成果はアラブの研究者と比べても遜色ないとする自負が様々な研究者から表明されています。そこで私たちはイブン=ハルドゥーンについてコンパクトにまとめられた講談社学術文庫を読むところから始めて、『歴史序説』へと迫っていきたいと思います。
こうして、私たちもまた「真に重要な問題」を考えていくことにしましょう。

森本公誠『イブン=ハルドゥーン』 (講談社学術文庫)

森本公誠『イブン=ハルドゥーン』 (講談社学術文庫)

イブン=ハルドゥーン『歴史序説』そのものに触れる前に、私たちはその入門書として講談社学術文庫の森本公誠『イブン=ハルドゥーン』を読みました。森本公誠氏は東大寺のお坊さんですが、その昔大学時代にイブン=ハルドゥーンの翻訳・研究をされていたようで、本書は実に 四十二年前の一九八〇年に書かれたものになりますが、未だにイブン=ハルドゥーンに関する入門としてこれに勝るものはありません。

イブン=ハルドゥーンの思想

イブン=ハルドゥーンの思想はほとんど悪名高きホッブズ『リヴァイアサン』に通じるところが見受けられることが衝撃としてありました。
西洋はイスラームから多くの盗用をしてきたとされていますが、ホッブズへ至る流れ、つまり近代国家の原理を形作る上でもイスラームの存在は非常に重要なのだということを改めて感じることができました。

王権という権利の形態から今日の市民権へと移行するため、イブン=ハルドゥーンによる「王権」の理論は決して王朝の世界だけの話ではなく、今日の私たちの住まう国家や権利を考える上でも示唆深いものとしてあります。
グレーバーの著書『On Kings』(未邦訳)ではこのように語られています。

王権は、すべての大陸のほぼすべての時代に現れた、人類の最も永続的な統治形態の一つである。例え、現代は「人民主権」という形となっていようと、かつて王が持っていた権力は、「人民」という存在に置き換えられただけで、まだその権力形態は存続し続けているのだ。

イブン=ハルドゥーンの生涯

波乱万象とはのことことかと思われるほど、逃亡と処世術の片鱗を見せるエピソードが豊富な人生と、イスラームの歴史を垣間見ることができます。
馴染みのない北アフリカという地が輪郭を帯びるようになり、いかにスペインやヨーロッパに近しいかということや、その地政学的な配置による影響もわかるようになりました。

イブン=ハルドゥーンが一三七五年に政治から離れ、『歴史序説』を書き始めることになる洞窟へと、その歴史の歩みに揃えて、私たちもGoogle Mapsで赴きました。旅行の難しいコロナ禍の中においても、このように歴史的旅行を行うことができることに心が躍りました。

イブン=ハルドゥーンの後世への影響

一六〇一年に『歴史序説』のトルコ語の完訳が出るなど、様々な影響について実証的な研究成果がまとめられており、その内容はイスラーム本土の研究者の研究と比べても遜色がないとのことです。
後に社会学や経済学が十八世紀に誕生するその四世紀も前にその萌芽が生まれ、様々な影響を与え現代に繋がることを学ぶことができます。
また、イブン=ハルドゥーンの存在はイスラームから忘れられてきた面もあり、イスラームは現在、ヨーロッパに対して学問的ヘゲモニーを取り返すためにも、イブン=ハルドゥーンを再読し、ここから新たな社会理論を打ち立てる仕事が待っているのだということを思いました。

番外編:チェニジア料理の会

普段はオンラインで開催している本会ですが、中東にいる参加者が一時帰国されたため、その機会にイブン=ハルドゥーンの故郷であるチュニジアに想いを馳せるべくチェニジア料理の会を開催しました。
参加者の一人に大変な歓待を受けました。ありがとうございました! 😋

チェニジア料理の会

『歴史序説』

イブン=ハルドゥーン『歴史序説』(岩波文庫)

岩波文庫の全四巻の『歴史序説』は合計1,689頁あるのに対して、 前述の講談社学術文庫には『歴史序説』の抄訳が182頁の分量と実に10%の分量に圧縮されたものとしてあります。
この完訳と抄訳を読み比べながら読み進めています。圧縮の内容の多くは、具体的な例示や当時のイスラームの歴史の具体に関わるところになるため、その内容の骨子を掴む上では抄訳を読むのでも十分に感じられます。

開催中(随時更新)

序論 歴史学の真価、その考え方の評価、歴史家が犯す各種の誤りの指摘、その誤りの起こる理由

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第一部 人間の文明の本質について。田舎や砂漠と都会、支配権の獲得、所得・生計・学問・技術など、文明に現われるあらゆる現象、その理由と原因

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第一章 人類の文明についてその一般論と諸前提

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第二章 田舎や砂漠の文明野蛮民族・諸部族およびこれらが示すさまざまな状態その内部に横たわる定理と説明について

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第三章 王朝、王権、カリフ位、政府官職およびこれらに伴うあらゆる事項、その基本的提議と補足的提議

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第四章 市、町、村、およびこれらに類するあらゆる都会文明の形態、そこに生ずる諸事情ならびにその発展について

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第五章 生計とその手段としての所得や技術およびこれらに伴うあらゆる事項、その内部に横たわる諸問題について

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第六章 学問の種類、教育の方法、それらに関連するあらゆる事項、ならびに序言と附言

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